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さんぱち

三八と言ったら九九で24と思う人がほとんどだけど
福井では、三八と言ったら
この方
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ジャーン024.gif 三岡八郎 のちの由利公正です。
あの 国民的ヒーロー坂本龍馬の親友?
手紙では、三岡八郎のことを三八と書いています。
あだ名で呼ぶような親しみのある関係ですね。016.gif

この由利公正の足跡を辿るまち歩きが3月の三連休の最終日に行われました。
福井県観光連盟さんのツアー291のお客様20名をご案内です。
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古地図を片手に由利公正の生きた時代にタイムスリップ
旧町名や門などの説明を聞き昔の情景を思い浮かべながらのまち歩きです。
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報道陣の取材が・・・
由利公正について大河ドラマの誘致を福井県が力をいれているので
取材の方がたくさん
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カメラマンさん 私のありのままを撮らないで・・・

写らないように最終尾
(自意識過剰か 相手にされませんでした。喜んでいいのか?)
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片町や長者町一乗町 京町 木町 塩町と旧町名の名前の由来を聞きながら
約1時間30分のまち歩きです。

もう12時を回っていますね。
お腹が空いたよ

語り部さん 説明はランチの後でということで

お楽しみのランチ
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坂本龍馬が利用していたという莨屋旅館のすぐ近くの仕出しやさんでのランチ
箸袋に莨屋の文字が・・・
座敷に飾られていた由利公正像
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お腹が満足 元気が出てきました。


次は由利公正を見出した馬威しの出発地の九十九橋へ
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そして、由利公正広場
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午後3時過ぎまで たっぷりとまち歩きを楽しみ帰路に着きました。

この後も、由利公正にちなんだまち歩きが、あちらこちらで行われます。

「語り部」がご案内する機会もたくさん

是非 皆さん ご参加ください。

byふく


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by fukuinokataribe | 2016-03-25 18:55 | 福井のこと | Comments(0)

福井の広域語り部ガイド発表・交流会に参加して

平成27年度福井の広域語り部ガイド発表・交流会に参加して

3月17日、小浜市道の駅、四季菜館および小浜市と若狭町の現地において発表・交流会が行われ、当会から10名が参加しました。
 最初に県観光ボランティアガイド連絡協議会会長のあいさつがあり
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続いて若狭の語り部の羽野氏から「日本遺産認定ルートの紹介」の発表がありました。
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その発表の中で、世界遺産は「人類の共通の大切な宝を守り後世に伝える制度」に対し、

日本遺産は「文化財を積極的に活用して地域の振興を図る事業」

また、世界遺産は登録に対し日本遺産は認定という用語を使っているそうです。

平成27年4月文化庁から18件認定された中の1件としてうち若狭地域が認定され、
「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群~御食国(みけつくに)若狭と鯖街道」のテーマからストーリー、広域性のある構成文化財群がありまた、今回の現地研修では日本遺産の認定されたストーリーを貫く太い道「鯖街道」に関する3か所を選んだそうです。
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早い昼食を済ませ、午後12時に四季菜館を2班に分かれバスで現地研修の1番目の現地に出発しました。
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いづみ町市場 : 京都に魚介類を運ぶ鯖街道の起点として古くから栄えてきたが、近年魚市場の移転や大型スーパー等の開店により衰退が著しいので後世にどう保存し歴史を伝えるのかが課題
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「若狭おばま食文化館」
: 御食国(みけつくに)若狭という食文化をテーマに展示を行っています。
今年の3月にリニューアルしたばかりで以前来た時より展示物が一新されていました。

特に鯖街道のすごろくは子供でも喜ぶし、コースや道順がわかりやすい。017.gif

「熊川宿」
: 若狭と近江を結ぶ若狭街道の宿場町として古くから栄えてきました。
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上ノ町、中ノ町、下ノ町のうち中ノ町と下ノ町を町家や寺社の説明を聞きながら移動。

熊谷宿の特徴は、町並みが多様な形式の建物で混在しながらも連続性を保っているところだそうです。
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現在のような街並みに復元するのに40年
なお、地元の語り部さんのお話によると最近観光客は増えているが、
見て通過するだけでお金を落とさずにごみを落としていくとか・・・

イベントなどの開催や店構えを工夫するなどの努力でなんとか打開策を考えているそうです。

現地研修のあと四季菜館で意見交換会を行いました。
参加した県内の語り部からいろいろの意見があり、
特に、福井国体でのガイド要請にどう対応すべきかの意見が多かった。
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最後に、今回お世話になった小浜市と若狭町の語り部さんありがとうございました。

中出 伸司


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by fukuinokataribe | 2016-03-22 18:04 | 活動の様子 | Comments(0)

撮影

今日は、長野県民の方に向けて
福井を紹介する番組の撮影がありました。
そこで、語り部さんの登場です。
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由利公正広場で、彼の業績や幸橋のことを紹介しています。
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一生懸命紹介しているのに
当の由利公正はそっぽを向いていますね
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今日は、曇っていますが南からの強い風が

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でも、桜のつぼみはまだ、堅そうですね。


場所を変えて、由利公正宅跡へ
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オモイガワという濃い色の桜が、少し開いていました。
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今日は、アレルギー性鼻炎の方には、ちょっと辛い日だったかも

福井は、県民全体で由利公正を大河ドラマの誘致に向けて紹介しています。



桜の季節はすぐそこに

足羽河原では、由利公正像が桜を楽しむ人をお出迎えしています。

みなさん 福井に来てくださいね

byふく


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by fukuinokataribe | 2016-03-18 19:28 | お知らせ | Comments(0)

冬の陣 幸村ゆかりの地巡り part2

どんどろ大師
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大阪の陣の戦死者を弔うために創建されました。大阪城城代の土井氏の邸宅があった後といわれており、「どいどの」が「どんどろ」となったそうです。
ところで、いつの間にか私たちのグループに別の観光客が入り込んでいました。
ガイドさんのお話が素敵だったからでしょうね。


心眼寺
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この寺は真田幸村親子の冥福を願って建立されました。
境内に真新しい「真田左衛門佐豊臣信繁之墓」がありました。2014年10月建立です。
NHK放映の1年3か月前ではないですか!



真田丸顕彰碑
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この顕彰碑は2016年1月建立です。ついこの前ではないですか!
「早くしろ!」と石屋さんお尻を叩かれたのでしょうね。



円珠庵(鎌八幡)
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この屋敷の中に「鎌八幡」という社があり、幸村が榎に鎌を打ち込んで、大勝祈願をしたと伝えられているそうです。鎌が打ちこまれているのが分かりますか?


誓願寺

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井原西鶴のお墓がございました。
A氏の万歩計によりますと、本日1万5千歩歩いたそうです。やはり疲れのせいでしょうか、感激が今一つだったのは疲れのせいでしょうか?
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誓願寺前には、もうバスがお迎えに来ておりました。
ガイドさんの日野さんと別れを惜しんでおります。

幸運にも勝ち残っても家康に巨石を瀬戸内海から運ぶ仕事をさせられた人たちと、
不運にも戦いに負けたが、後世に名を残した人たちと、
二つの生き方を思い起こすことができた貴重な一日でした。

お世話になりました皆様に感謝申し上げます。

晴天にも恵まれた素敵な一日をありがとうございました。

井上清一

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by fukuinokataribe | 2016-03-07 18:30 | 活動の様子 | Comments(0)

冬の陣 幸村ゆかりの地巡り

冬の陣 幸村ゆかりの地巡り

2016年2月28日(日)
6:45 集合 7:00 出発 福井駅東口集合です。
当日の朝は、予想気温1℃(朝6時)でした。今日は寒いぞとたくさん着込んでこられましたね。
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6:40には池田観光さんのバスが来ておりました。
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このプレートを見ると胸が高鳴ります。子供のころの遠足の朝を思い出すのです。
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10:30 定刻に大阪城に到着です。新調の旗が早春の風にそよぎます。
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大阪城桜門の前です。てんのうじ観光ボランティアガイド協議会のお二人が待っていてくださいました。
7枚の資料を頂きました。紙は重いですからここまで運ぶだけでも大変だったと思います。
ありがとうございます。
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桜門枡形の巨石:城内第1位の巨石です。花崗岩。表面積36畳。重量108トン。
備前岡山藩主池田忠雄が工事担当だったそうです。
技術文明の今でもこれだけ大きいと運ぶのは大変ですよね。
出世なさると後で中々大変ですね。
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いよいよ天守閣が見えてきました。

私たちが見ることができる大阪城は徳川幕府によって再築されたものが原型になっているそうです。
豊臣時代から新しく徳川時代に代わったことをアピールする必要があったようです。
家来も大変ですが、上に立たれるリーダーも大変なんですね。
天守閣の高さも18メートル高くなっています。
豊臣期大阪城の上に盛り土をして、城を築き直したそうです。
従って、豊臣期の石垣などは、盛り土の下で眠っています。
勝家の北ノ庄城址とそっくりですね。
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いよいよ天守閣に登ります。
日曜日ということもあって、エレベータへの道は、長い行列でした。
周りから日本語以外の言葉が入ってきました。たくさんの外国人が来られているのですね。
エレベータの中での案内は、日本語と中国語で行われていました。


エレベータの中でふと思ったのですが、聞いて頂けますか?


中国から来られたお客様が故郷に戻られる前に大量の買い物をされている様子がテレビの画像になっていることを何度も見たことがあります。
冷え切った日本人の消費意欲によるマイナス分を助けていただいているのに「爆買い」などと面白おかしく報道していないでしょうか。
もし、ヨーロッパからのお客様が同じ行動をしたとき、「爆買い」などという表現を使うでしょうかね。
私は少しだけ日本人のアジアの人たちへの蔑みの心が含まれているような気がしてなりません。
週刊誌は許されますが、国営放送や東京のテレビ局は決して使ってはならない言葉ではないかと思うのです。
「おおきに!お買い上げ」と大阪風に改めてほしいものです。
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天守北側から一段下ったあたり一帯を山里丸と呼ぶそうです。
その地に「秀頼、淀殿らの自刃の地」と書かれた碑がありました。
松林、桜、藤などの木々が繁り山里の風情が保たれていたそうです。
きっと豊臣家のプライベート空間だったのでしょうね。
福井城址にも山里口御門がありましたが、お殿様のプライベート空間への入り口を「山里」と呼んだのでしょうかね。
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待ちに待った昼食です。大阪城北側の「Park御両大阪城」にて召し上がっていただきました。
食後のお茶を備え付けの紙コップで頂きましたね。
真田丸人気への対応が大阪はさすがに合理的ですごいですね。
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さあ午後からは真田丸見学本番です。
大阪城の南の上町台地を南下します。
4人のボランティアガイドさんが越中井の前で待っていてくださいました。
ここは細川越中守忠興の邸宅跡です。
石田三成が人質確保のために派遣した軍勢を前にして、屋敷に火を放ち、忠興夫人玉子(ガラシャ)は家臣に胸を突かせて37才の生涯を閉じられたところです。
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聖マリア大聖堂
明治27年この地に建てられました。
現在の聖マリア大聖堂は昭和38年建てられたものです。
聖堂前の広場に高山右近と細川ガラシャの石像が立っています。

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玉造稲荷神社
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この辺りは古代勾玉作りの玉造部の居住地だったそうです。
豊臣・徳川時代を通じて大阪城の鎮守神として崇敬されていたそうです。
ガイドさんのお話では、「京都の伏見稲荷よりも歴史は古いのですよ。
伏見稲荷は狐を守り神にしていますが、この社は、狛犬です!」ということでした。
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三光神社
入り口が急な階段だったので、写真を撮り忘れました。
実は真田丸という台地の入り口だったのです。
境内には真田幸村の銅像がありました。
そして、この像の裏側に大阪城へ通じる抜け穴がありました。
ここでは銅像の威力を感じました。
誰も幸村を見ていないのに、立体的な像が目の前にあると、イメージが簡単に膨らみます。
福井でももっと銅像を作りましょう。



(写真の貼り付けがうまくできません。007.gif 後半は 次回ということで・・・ すみません)040.gif
後半をお楽しみに~043.gif

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by fukuinokataribe | 2016-03-04 18:30 | 活動の様子 | Comments(0)

天下の大阪城

去る2月28日、珍しく暖かい日に大阪城と真田丸周辺地と関連地を見学しました。

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大阪城は天下人・豊臣秀吉が威信をかけて築城しただけあって、そのスケールの大きさに圧倒された。
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 見学者の我々の目に入るのは、内堀のほんの一部だけであるが、外堀、惣構えを含めた全体の規模は、想像も出来ない。
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 膨大な量の石材は瀬戸内海の島から持ってきたらしいが、量の多さもさることながら、その巨大さに圧倒される。
近代的重機械が無い時代に、巨大プロジェクトをなしとげた当時の技術者に頭の下がる想いである。

歴史を学ぶことは、当時の政治的状況を学ぶことが大半であると思われるが、築城術のような技術的側面も学びたいものである。

 現在、内堀周辺で目にするものは、徳川の世になって再建されたもののようであるが、ガイドの説明によると「徳川家や幕府の威厳を見せつけるため」のようである。
「天下普請」や「お手伝い普請」で築城工事をさせられる各地の大名は、たまったものでなかったろうが、権力者の威圧には誰も逆らえなかったものでろう。


 現在目にする、天守閣は昭和の初めに再建されたものであるが、その資金は一般大衆の募金によって、賄われたものである。

天守閣再建費用の三~四倍も集まったというから、大坂人の心意気を彷彿とさせる。

 ひるがえって福井をみると、城下町でありながら、城郭の片鱗も見えず、かろうじて本丸の石垣と内堀の堀が、見える。

本丸跡に県庁舎や県警本部を建ててしまう福井人にとっては、石垣と堀が残ったことは奇跡的とも思える。

 姫路城の平成の大修理が完了し、また松江城が国宝となって、世は歴史ブーム、城郭ブームで全国の城址には観光客が溢れているという。

県内では丸岡城が国宝化を目指して動き出そうとしている。


 現在福井城では、御廊下橋が再建され、山里口御門が再建工事中であるが、この工事進捗の速度を上げ、さらに三箇所の櫓と城壁の再建を早急に着手すべきである。


 城郭再建構想は櫓や門の再建に留まらず、天守閣は言うに及ばず、本丸御殿等を含むものであるべきである。

 福井城は歴史的な面や技術的調査や検証は終わっているようである。問題は再建工事費である。
行政の資金に頼ることなく、大阪人に見習って、市民の資金を拠出して「百年の計」で天守閣や本丸御殿の再建まで突き進もうではないか。
 いま、県や市は国体を成功裏に開催しようと、一生懸命である。
国体後のプロジェクトとして、福井城の再建計画を取り上げ、福井人の意気と情熱を注ぐべき、熱いテーマとしようではないか。
河原俊厚

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大阪城の梅林の梅が満開 そのためか人出が多かったです。
(もちろん 大陸方面からの方もたくさん)
展望台はすし詰め状態でした。
人が多くてにぎやかなのはいいけど、待ち時間が長くて・・・
その点 福井は道も施設も空いていて まったりできますよ034.gif


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天守閣内と内堀内をぐるっと一回り、それだけで、1万歩近くなりました。
広大ですね。 いい運動

淀殿と秀頼公自刃の場所 

小和田先生は、徳川方に淀殿は悪女にしたてられているようなことを
おっしゃっていたような気がしますが・・・

大阪人はどうなんですか?
とボランティアガイドさんに伺ったら、大阪でも悪女扱いなんですって・・・

本当のところはどうなんでしょうね・・・

想像でしか わかりませんよね039.gif

(お花がたむけられているところを見れば、好かれていたのかも・・・とも思えますね)
byふく


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by fukuinokataribe | 2016-03-03 14:24 | 活動の様子 | Comments(0)