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対応します。♡ ✿

去る11月3日(文化の日に)福井市視覚障害者の集まりの方のガイドを行いました。004.gif
案内は福井市役所から福井城址、養浩館庭園までです。012.gif
福井市役所前で、皆さんにご挨拶 弱視の方、全盲の方、介助の方、総勢20名近く盲導犬も一緒にまち歩きです。017.gif035.gif
福井城址では、ちょうど県がお堀の説明会を開催していて、一緒にその話を聞き、その後天守台にと向かいます。皆さん、県庁には訪れても天守台に登るのは初めての方ばかりで、「是非 桜の季節にも来てみたい」とおっしゃっていました。
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また、天守台には急な笏谷石の階段があるのですが、甲冑を着て刀を差しての上り下りは大変だっただろうことを説明しましたら、ご自身で降りてみたいと、気をつけながら一段一段階段を下りられました。
皆さん 本当に積極的ですね。
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次は養浩館庭園の案内です。建物内のご案内後は、お庭は危険な個所もあるので、興味のある方だけが参加をされました。
皆さん 大変、満足されたようで、お礼の電話もいただき、私も事前に目の不自由な方の対応を調べた甲斐がありました。

また、盲導犬は本当にお利口でしたが、仕事の邪魔をしてはいけません。045.gif
許可をもらってご挨拶の頭ナデナデをさせていただきました。043.gif
皆さんに楽しんでいただき無事ガイドを終えて本当によかったです。
今回ご案内した皆さんも、これからもどんどん楽しんで外出され、私たちもより楽しめるようご案内したいと思います。053.gif

by 山田るみ056.gif


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by fukuinokataribe | 2015-11-30 11:32 | 活動の様子 | Comments(0)

まち歩き いろいろ

11月は どこもかしこも いい季節だからかイベント満載006.gif
自治会や老人会などのまち歩きに「語り部」さんが大活躍をしました。003.gif
7日に麻生津地区の方がグリフィス館から愛宕坂までを
8日に啓蒙地区の方を美山町へ
9日には金沢の長田町の方々を北の庄と養浩館庭園に
14日は東藤島地区の方を福井城址と北の庄へ
同じく14日中藤島公民館の方々を北の庄から愛宕坂 横坂を通り北の庄まで
15日はみのり老人会の方々を北の庄で
20日には金沢のウォーキングサークルの方を朝倉氏遺跡で

今回はその中で、麻生津地区のまち歩きの様子を
実は私 麻生津地区の住人です。016.gif

参加者の方は福鉄電車で市役所前駅で降り幸橋北詰で合流です。
(電車を利用してのまち歩きですね。 車社会ですので、皆さん電車もあまり利用しないみたい。
電車もたまに乗ると新鮮です。 フクラムじゃないのがちょっと残念でした。)
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今日の語り部さんは井上さんと村上さん
村上さんは、参加者の中に同級生がいらっしゃってビックリ005.gif

次はグリフィス館です。
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ここではマルシェも開催中
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私も物色 ゆずをお買い上げ043.gif
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桜橋を渡りながら桜や河原が桃畑だったこと
川下の九十九橋のお話しを聞きながら左内公園へ
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橋本左内の話を聞き

次は西光寺さんで柴田勝家とお市の方の話です。
絶世の美女をお嫁さんに迎えるのはどんな気持ちでしょうね。
男性の語り部さんは、それだけで、幸せだとおっしゃっていました。
私は 男として武将として自信があるのだろうと思います。066.gif

現代の草食系男子よ 柴田勝家のたくましさと男気を
なんて 思う女性もいらっしゃるのでは039.gif

西光寺を後にし坂本龍馬などが歩いた旧北国街道を歩き水道記念館まで
(水道記念館のお隣の麩市さんは秋バラがきれい056.gif
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次は横坂から愛宕坂まで
みなさん 百坂におののいていましたが025.gif
横坂を歩くということで安堵029.gif

横坂は初めて歩く方が多いですね。

みなさん 眺めがよくて趣のある坂だと言っておられました。
この日は曇りでしたが、晴れると白山連邦がすばらしい。

今の季節は山茶花のトンネルの箇所も

この後橘曙覧記念文学館と茶道美術館へ
美術館では呈茶をいただき 語り部さんと福井の話に花が咲きました。

約2時間のコース みなさん お疲れ様です。

参加者のみなさん とても楽しかった。福井にいてもめったに福井のまちを歩かないから
いい場所があるって知らなかったとおっしゃっていました。045.gif046.gif

私も計画を少しお手伝い。
みなさんに感謝のお言葉をいただいて 幸せです。043.gif

これも日頃からサービス精神旺盛な「語り部」さんのおかげです。 

ありがとうございます。

by fuku

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by fukuinokataribe | 2015-11-27 11:32 | 歴史あれこれ | Comments(0)

グリフィスが見た福井のまちを歩く 橋北編

暖かい日が続いていましたが
ようやく 寒くなってきましたね。

初冬らしいのもいいですが、本音をいうと暖かいとありがたい。

さて まだ 暑さが残る10月24日に

グリフィスが見た福井のまちを歩く 明新館コースが開催されました。

グリフィスがいた頃の町を辿りその頃の行事や町名 人々の暮らしなどを紹介しながら、

多分グリフィスが歩いただろうと思われる場所を巡ります。

出発は以前と同じくグリフィス館です。

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ここから本町通りに向かい歩きます。

本町通りは、以前 とても賑やかだったところ 

きっと グリフィス先生も よく お散歩されたのでは

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旧一乗町

柴田勝家が住民を一乗谷から移住させて住まわせた町です。
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狛屋敷後
この場所は福井の1万石以上の家老が住んでいました。
大きな敷地だったんですよ
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佐佳枝廼社の中根雪江顕彰碑の説明です。
中根雪江は松平春嶽の教育係でした。
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明新館跡
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約2時間のまち歩き

参加者の方から
えー知らなかった  ガイドさんがいるまち歩きは楽しい

のお言葉をいただきほっと安堵しました。

普段の見慣れた町がガイドをつけて歩くといつもの風景じゃなくなるんですよね。

奥行きが広がる。

楽しいまち歩き。

次は自治会さんが行ったまち歩きの様子をお知らせしますね。

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by fukuinokataribe | 2015-11-25 15:48 | 歴史あれこれ | Comments(0)

福井の近代建築

10月の快晴の日058.gif
福井市に残る近代建築をめぐるまち歩きが行われました。
スタートは神明神社
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ガイドは田中さん

この日は平日ですので裁判所の見学も
撮影は許可が必要です。

許可を得て写した様子を
きれいなステンドグラス ため息がでそうですね。
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裁判官になりきり
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聖三一教会
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ここでは貴重なお話しも聞けました。012.gif

長者町の説明です。
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大名町交差点 
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三井住友信託銀行
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爽やかな秋の日
普段 ご縁が無い場所を訪ねていろいろなことを知るのは楽しいですね。



 
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by fukuinokataribe | 2015-11-13 17:45 | 福井のこと | Comments(0)

歴史の見える風景・・〝続編〟『西九州地方』訪問記

 初秋の美しい西九州訪問記の〝続編〟です・・・d0314924_10383964.jpg 
  
  幾つかの日本式寺院に囲まれた丘の上に白く輝く協会が聳えている。各々の寺院の造りも何となく異国情緒を感じさせています。この地方の民衆に浸透していったキリスト教信教の影響の表れとも言えるのでしょうか?。ここに掲載の寺院(写真)は「光明寺」という浄土真宗の寺である。寺の寺歴案内板には、何と!<1592年・越前北の庄城主 柴田勝家 3男「空性」により創建>とありました。ふるさとゆかりの〝人名〟がこんな所で出会える〝歴史のロマン〟を、うれしく感じさせてくれたひと時でした
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 1550年・F・ザビエルが、3度の平戸来訪を記念して建立されたという『平戸・ザビエル記念聖堂』が、日本へのキリスト教伝道のシンボル的≪教会≫として聳えている。
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  以来、キリスト教は長崎から西海を巡りながら島原・天草諸島へと信者も拡大して行きますd0314924_13485733.jpg しかし、ときの権力者豊臣秀吉は外国(ポルトガルなど)による侵略や信徒らによる一向一揆のような反乱また、日本人を奴隷としての売買などを懸念し1587年「バテレン追放令」を発令し圧力を強めて行きます。

 「関ヶ原の戦い」の後やがて、江戸時代に入ると、徳川家康によるキリスト教「禁教令」(1612年)が発令され、キリスト教徒の受難の時代が始まります。



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『島原・天草諸島』訪問は、美しい西海国定公園の島々を眺望する船の旅となりました。
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 ここ、美しい西海の地で、悲しい戦乱の出来事があったとは思えないほど、そこには穏やかな青い海と、美しい島なみがありました。
 領民(住民・キリストか教信徒)が、支配する「藩」に対して起こした反乱《島原・天草の乱》(1637~1638年)である。 特に島原半島南端にあった「原城」での最終決戦では、凄惨極まる結末となった。年若き「天草四郎時貞」を盟主として籠城戦を挑む37,000人に対し、幕府軍125,000人の兵力で総攻撃を掛けたのである。籠城民(女性・子供・老人含む)は全滅し、落城した。
 島原の乱後、幕府は禁教策を強化、鎖国政策を強化して行くことになる。 ただ、こうした出来事を境に、幕府の政策が、武闘政策から文治政策に大きく変わって行ったと云われている。
 余談ですが、この「原城」は、明治維新までつづいた、ふるさと「丸岡藩主」有馬氏の初代藩主の築城に始まったという。





               BY / 「語り部」 Y ・ YAMASHITA
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by fukuinokataribe | 2015-11-13 16:12 | 歴史あれこれ | Comments(0)

歴史の見える風景・・・『西九州地方』訪問記

10月の末、初秋の快晴にめぐまれた〝美しい西九州〟を訪問してきました。・・・<唐津~名護屋城跡~平戸島~島原・天草諸島> 
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 博多駅からバスツア-で出発。ここ、『虹の松原』を遠望しながら絶景を楽しむ。日本3大松原の1つで、他は『三保の松原』(静岡)そして、ふるさと敦賀市にある『気比の松原』である。
初代唐津藩主により百万本とも云われる黒松の群生を植林によって完成したという
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 唐津湾に向かって聳え立つ「唐津城」(別名・舞鶴城)は江戸初期(1608年)、あの壮大な「名護屋城」の解体資材を用いて築城したと云われる。城主は豊臣秀吉の側近「寺沢広高」(初代唐津藩主)である。
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            『名護屋城博物館』 
 国の特別史跡『名護屋城跡並びに陣跡』は名護屋浦から玄界灘を望む、ここ唐津鎮西地帯に築かれていた。文禄・慶長の役(1592~1598年)の出陣基地には秀吉の命により、全国より23の武将(大名)始め30万の兵員が集結し一大城下町が形成された。(東郷・槇山城主、長谷川秀一 元大野城主・金森長近 北ノ庄城主・堀秀政(息子が参戦)などの陣屋が見える) ここ『名護屋城博物館』(平成5年開館)には、「日本列島と朝鮮半島との交流史」をはじめ「朝鮮の役」の全てが常設展示されている。
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 豊臣秀吉の居城『名護屋城(模型)』・僅か8か月間で完成させたという
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  真っ赤の「平戸大橋」を渡るとそこは「平戸島」である。 平戸の港は、日本の中世後期(16世紀)の一時期、キリスト教布教や西欧文明(ポルトガル・オランダ)の受け入れ窓口として大いに活せぃした
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d0314924_1417444.jpg 西欧の大航海時代の活動は、日本にも鉄砲の伝来やF・ザビエルによるキリスト教伝道をもたらすこととなる。ザビエルは、ここ平戸を3回訪れ、熱心な布教活動を行う。 一方ではポルトガルや後にはオランダにも交易が許され、相互に積極的な交流が計られた。
左は『オランダ商館』跡(復元)
d0314924_2131996.jpg いくつかの日本寺院に囲まれた丘の上に、白く輝く協会がそびえる。1550年、ザビエルの平戸訪問d0314924_13322325.jpg
      
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by fukuinokataribe | 2015-11-12 20:40 | 歴史あれこれ | Comments(0)