福井県外の継体天皇縁の地を訪ねる(祖母の地編)
2025年 12月 24日
語り部ふくいの自主勉強グループが、
継体天皇の縁の地であろう
石川県江沼郡へ研修旅行に
出かけたことについての
手記が届きましたので
紹介しますね。
「継体天皇のあしおとの会」では、秋晴れの下
9人のメンバーが2台の乗用車に分乗
石川県の江沼地方(能美市、小松市、加賀市)
の数々の古墳や歴史博物館を見学に行ってきました。

継体天皇の母(フリヒメ)方の
おばあちゃんの出身地である
江沼(広義に石川県の手取川以南)を
実際に見てこようと
年初より計画した研修旅行です。

最初に訪れたところは
江沼地方の一番北側、能美市の5年前に開館した
「能美ふるさとミュージアム」でした。
若い女性の学芸員さんから
館内の古代の展示物を丁寧に
解説してもらうとともに
隣接する「和田山古墳群」と
1~2km離れた、北陸最大級の
「秋常山古墳2基」
の見学にも同行、解説して戴き
大変勉強になる実地研修となりました。

能美ふるさとミュージアムにて
「和田山古墳群」は能美市の平野部に散在する
数個の「能美古墳群」の一つで
古墳時代を通じて
3世紀から6世紀まで断続的に前方後円墳、
前方後方墳、円墳、方墳が存在し
一体的な国の史跡に指定されています。
「和田山1号墳(6世紀前半・円墳)」では
北陸地方では、唯一の六鈴鏡や
被葬者の歯(10代半ばの女性?)も見つかっています。
唯一「和田山5号墳」が全長55mの前方後円墳で
5世紀後半、継体天皇の親、
祖父母の時代に相当します。

和田山1号墳
和田山1号墳の六鈴鏡と管玉、歯

高床式倉庫跡
「秋常山1号墳」は、
4世紀後半の全長140mの
北陸最大級の前方後円墳だが
葺石はあるものの周溝はなく前方部が
非常に短かった。
「秋常山2号墳」は、5世紀半ばの巫女の墓?
発掘調査もされ、副葬品や埴輪もたくさんある。
越前の「六呂瀬山古墳1号墳」は
昨年正確に測定して全長138.1mであったため
北陸で2番目の大きさとなってしまいましたが
「秋常山1号墳」の前方部は土地利用され、
再測定は困難とのこと。
さらに、越前の大古墳には笏谷石の石棺が
設置されているが
ここの古墳には粘土槨とよばれる種類で
木棺が設置されていた。
なぜか1基だけこんな大きな前方後円墳が
400年頃に突然つくられたか?
なぜ、この地区で後が続かなかったか?
200年以上続いた「松岡・丸岡古墳群」と
は大きく違うと考えてよいだろう。

上部の前方後円墳1基 秋常山1号墳
下部の前方後円墳群が越前北部丸岡・松岡古墳群
その中で、二本松山古墳は480年頃誕生・継体天皇誕生の頃?
加賀の二子塚狐山古墳は、同じ時期

秋常山古墳1号墳前方部

ねんどかく
秋常山2号墳粘土槨内部
午後からは、江沼地方の中部、同じ能美地域の
小松市立「加賀国府ものがたり館」、
隣接する「河田山古墳群」、
及び「小松市埋蔵文化財センター」を
当該センター専門学芸員の望月氏に
詳細で丁寧な案内・解説をして戴いた。
「加賀国府ものがたり館」は
2年前に改築された、ぴかぴかの歴史館で、
この地区の65基に及ぶ古墳群と
加賀国府推定地をうまく結び付けていました。
継体天皇の時代6世紀ごろに発展した
「三湖台地古墳群」は
新羅や高句麗からの移民による
製陶・製鉄遺跡群、その後の時代の江沼臣
ともつながりがありそうとのことです。



加賀国府ものがたり館展示

河田山12号墳にて
「小松市埋蔵文化財センター」に展示されている
「矢田野エジリ古墳(30m前方後円墳)」
(継体天皇の墓「今城塚古墳」の
すぐ後につくられたと推定)
の出土埴輪は、国指定重要文化財で
質・量ともに北陸最大のもので
「騎乗の馬形埴輪」は、
必見の価値がありました。

小松市埋蔵文化センター


騎乗の馬形埴輪
最後に、加賀市の「法皇山横穴古墳群(7世紀ごろ)と
隣接の「展示館」を見学し、
スケジュールどおり、帰途につきました。


法皇山横穴古墳群にて
今回の研修旅行を終えて
江沼地方の南部・加賀市には古墳関係の博物館がなく
江沼の本拠地と推定され、
江沼の王の墓とも考えられる、
二子塚狐山古墳
(全長54mの前方後円墳・箱式石棺・周囲に10m濠)と
壮年男子遺骨を含めた、そのおびただしい副葬品の見学が、
できなかったことは、ほんの少し心残りです。
はたして、この狐山古墳の主と
能美の和田山5号墳の主の、
いずれが継体天皇のおばあちゃんの
関係者でしょうか、
だが、継体天皇の大きな影響力や
江沼も越の一部であったことが確認でき、
さらに、この地方には須恵器や鉄の遺跡が多いことから、
新羅や高句麗など朝鮮半島からの
移民の影響が非常に大きいこともわかりました。
継体天皇のおかげと祀られている
越前の多くの伝統産業のはじまりも、
彼ら移民の影響が大きかったからでしょうか?
(by T.T)


