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福井県外の継体天皇縁の地を訪ねる(祖母の地編)

語り部ふくいの自主勉強グループが、

継体天皇の縁の地であろう

石川県江沼郡へ研修旅行に

出かけたことについての

手記が届きましたので

紹介しますね。


令和7年11月20日

「継体天皇のあしおとの会」では、秋晴れの下

9人のメンバーが2台の乗用車に分乗

石川県の江沼地方(能美市、小松市、加賀市)

の数々の古墳や歴史博物館を見学に行ってきました。

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継体天皇の母(フリヒメ)方の

おばあちゃんの出身地である

江沼(広義に石川県の手取川以南)

実際に見てこようと

年初より計画した研修旅行です。

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最初に訪れたところは

江沼地方の一番北側、能美市の5年前に開館した

「能美ふるさとミュージアム」でした。

若い女性の学芸員さんから

館内の古代の展示物を丁寧に

解説してもらうとともに

隣接する「和田山古墳群」と

1~2km離れた、北陸最大級の

「秋常山古墳2基」

の見学にも同行、解説して戴き

大変勉強になる実地研修となりました。

能美ふるさとミュージアムにて

「和田山古墳群」は能美市の平野部に散在する

数個の「能美古墳群」の一つで

古墳時代を通じて

3世紀から6世紀まで断続的に前方後円墳、

前方後方墳、円墳、方墳が存在し

一体的な国の史跡に指定されています。

「和田山1号墳(6世紀前半・円墳)」では

北陸地方では、唯一の六鈴鏡や

被葬者の歯(10代半ばの女性?)も見つかっています。

唯一「和田山5号墳」が全長55mの前方後円墳で

5世紀後半、継体天皇の親、

祖父母の時代に相当します。

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和田山1号墳

和田山1号墳の六鈴鏡と管玉、歯

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高床式倉庫跡


「秋常山1号墳」は、

4世紀後半の全長140mの

北陸最大級の前方後円墳だが

葺石はあるものの周溝はなく前方部が

非常に短かった。

「秋常山2号墳」は、5世紀半ばの巫女の墓?

発掘調査もされ、副葬品や埴輪もたくさんある。

越前の「六呂瀬山古墳1号墳」は

昨年正確に測定して全長138.1mであったため

北陸で2番目の大きさとなってしまいましたが

「秋常山1号墳」の前方部は土地利用され、

再測定は困難とのこと。

さらに、越前の大古墳には笏谷石の石棺が

設置されているが

ここの古墳には粘土槨とよばれる種類で

木棺が設置されていた。

なぜか1基だけこんな大きな前方後円墳が

400年頃に突然つくられたか?

なぜ、この地区で後が続かなかったか?

200年以上続いた「松岡・丸岡古墳群」と

は大きく違うと考えてよいだろう。

上部の前方後円墳1基  秋常山1号墳

下部の前方後円墳群が越前北部丸岡・松岡古墳群

その中で、二本松山古墳は480年頃誕生・継体天皇誕生の頃?

加賀の二子塚狐山古墳は、同じ時期

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秋常山古墳1号墳前方部

      ねんどかく

秋常山2号墳粘土槨内部

午後からは、江沼地方の中部、同じ能美地域の

小松市立「加賀国府ものがたり館」、

隣接する「河田山古墳群」、

  及び「小松市埋蔵文化財センター」を

当該センター専門学芸員の望月氏に

詳細で丁寧な案内・解説をして戴いた。

「加賀国府ものがたり館」は

2年前に改築された、ぴかぴかの歴史館で、

この地区の65基に及ぶ古墳群と

加賀国府推定地をうまく結び付けていました。

継体天皇の時代6世紀ごろに発展した

「三湖台地古墳群」は

新羅や高句麗からの移民による

製陶・製鉄遺跡群、その後の時代の江沼臣

ともつながりがありそうとのことです。

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加賀国府ものがたり館にて


    加賀国府ものがたり館展示  

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河田山12号墳にて

「小松市埋蔵文化財センター」に展示されている

 「矢田野エジリ古墳(30m前方後円墳)

(継体天皇の墓「今城塚古墳」の

すぐ後につくられたと推定)

の出土埴輪は、国指定重要文化財で

質・量ともに北陸最大のもので

「騎乗の馬形埴輪」は、

必見の価値がありました。

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小松市埋蔵文化センター

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展示

騎乗の馬形埴輪

最後に、加賀市の「法皇山横穴古墳群(7世紀ごろ)

隣接の「展示館」を見学し、

スケジュールどおり、帰途につきました。

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法皇山横穴古墳群にて

今回の研修旅行を終えて

江沼地方の南部・加賀市には古墳関係の博物館がなく

江沼の本拠地と推定され、

江沼の王の墓とも考えられる、

二子塚狐山古墳

(全長54mの前方後円墳・箱式石棺・周囲に10m)

壮年男子遺骨を含めた、そのおびただしい副葬品の見学が、

できなかったことは、ほんの少し心残りです。

はたして、この狐山古墳の主と

能美の和田山5号墳の主の、

いずれが継体天皇のおばあちゃんの

関係者でしょうか

だが、継体天皇の大きな影響力や

江沼も越の一部であったことが確認でき、

さらに、この地方には須恵器や鉄の遺跡が多いことから、

新羅や高句麗など朝鮮半島からの

移民の影響が非常に大きいこともわかりました。

継体天皇のおかげと祀られている

越前の多くの伝統産業のはじまりも、

彼ら移民の影響が大きかったからでしょうか?

(by T.T)


by fukuinokataribe | 2025-12-24 17:12 | 歴史あれこれ | Comments(0)

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