福井城址と城下を歩く
2025年 12月 18日
11月30日(日)
「福井城址と城下を歩く」の研修が行われました。
福井城は堀が4重5重にあり、
1.6km四方に及ぶ広大なものでしたが、
そのお城と城下の一部を歩くまち歩きです。
このコースはHPにも紹介しているので
研修会は必須です。
ガイドを担当した語り部より
研修会の報告が届きましたので
ご紹介しますね。

軽い気持ちでガイドのお話を受けましたが、
参加者のメンバーの中には、
重鎮の方々もいらっしゃり、
毎日どんよりとした気持ちで
過ごしていましたが、
当日はそんな気持ちとは裏腹に
雲一つない快晴
ガイド日和の好日になりました。

明治29年に初めて出来た福井駅
当時は周りには、何もなかった福井駅ですが、
昨年新幹線が開通してからは、
大きく変わり恐竜大国と呼ばれるようになり、
フクイラプトル、フクイサウルス、
フクイティタン、スコミムス、
ティラノザウルス、
トリケラトプスなどなど
駅の四方八方、
屋上まですべてが恐竜一色です。
ここで、福井の恐竜ミニ知識を披露します。
勝山で発見された新種恐竜のうち、
肉食恐竜として日本で初めて
全身骨格が復元された
フクイラプトルは、
全長4.2以上です。
この全身骨格は、福井駅東口に展示されています。
(恐竜広場の恐竜は、声も手も震えていますよ)
次は、今回のテーマの福井城址へ

その前に百間掘の説明です。
最大幅の百間堀が今の駅の前にありました。
百間掘りは
吉野川という川が流れていましたが、
その川を堰き止めて造った堀です。
55軒の大きさですが、
とても、大きいという意味で
百間堀と言ったそうです。
(参加者の方に絵図をお見せしましたが、言葉がまったく出てこず、あせります。)
(緊張で歩き方がロボットみたいになっています。)

福井城の御本所橋を渡る手前に
坤櫓の説明版があります。
櫓は令和11年度に完成予定です。
高さ16m 木造3層 駅からも見え、
土塀もできることを説明しました。
(一気にしゃべりました。)

御本城橋の途中で、
8月にロンドンブーツの田村さんや
ボランティアの方が、
「池の水を全部抜く大作戦」という番組で、
お堀の魚を横一列になって
捕る現場を目撃したことを話しました。
後日の放送で見ましたが、鯉、鮒等1700匹ほどを
堀の水のある場所に移し、
外来種を300匹ほど駆除したそうです。
瓦御門に到着
(石垣は好きだから、説明は大丈夫だと思いました。)

結城秀康公の像の前へ

説明の後、今、NHKの朝ドラで放送中の
「ばけばけ」に出てくる
出雲松江藩の藩主が秀康公の三男で、
松江まで結城秀康公の血筋が繋がっているので、
テレビで、お城が映る度に
感動したと話しましたが、
参加者のリアクションが無く下がりました。
(イヤイヤそんなことなかったですよ。
皆さん 頷いていました。 証言 ふく)

福井城本丸御殿と瑞源寺の紹介をしました。
(後になって思い出しましたが、知っていることは、
案内しなきゃいけないとの思いから、
誰一人の顔を見て話しをしていませんでした。
なんて失礼なことをしたんだろう)
天守台にある福井の井戸へ向かいます。
県名福井の名前の由来は
以前は、この井戸からだと
言われていましたが、
3代藩主 松平忠昌公が
越後高田藩から来られた時に
北庄は縁起が悪いから
福の居る場所 福居になりましたが、
約70年後、7代藩主吉品公の時に、
江戸との書簡のやりとりの中で、
福井になりましたと言われています。
(個人的に福の居る場所の福居がよかったのにと思います。)
天守台のご案内では、絵図や写真を見せて
「こんなに大きかったんですよ」
天守は28m 石垣を含めて37mです。
しかし、寛文の大火(1669年)で
燃えてしまいました。
天守を建てる代わりに、
坤櫓、巽櫓が3層になって
天守の代わりになりました。
山里口御門、お廊下橋を案内し、
中央公園の御座所へ
(何も残っていませんので案内は苦手です。)
小休憩の後、佐佳枝廼社へ向かいます。
この場所からは、少し慣れて来たのか
和やかな雰囲気になってきました。
(気持ちが少し軽くなりました)
佐佳枝廼社は、徳川家康公、
結城秀康公、松平春嶽公が
御祭神として祀られて、
当初は幸橋北詰にあり、
明治29年に現在地移り、
平成4年に新築造営されました。

鉄門、大名広路、

狛屋敷跡を通り、馬場通へ。
馬場通のご案内と絹織物の歴史の説明です。
片町では、老舗の天たつ(塩うに)、錦梅堂、(お菓子)
福井のソウルフード ヨーロッパ軒(ソースカツ丼)の説明
老舗の一乗町の国嶋商店(発酵食品)、
呉服町の小大黒屋、(和ろうそく)

長者町のいわし屋(料理)に
鏡屋(初代は鏡を扱っていて400年の歴史がある)
(福井の商店でも老舗のお店がたくさんあるんだな)

京町を通り九十九橋へ

九十九橋のから出発した
左義長の関連の祭りの
「馬威し」の話をしました。
(里程元票は北庄の案内の時に何度もお話してきたので、説明は大丈夫)
浜町の笠原白翁の仮除痘館が
あったと思われる場所で
笠原白翁が何年もかかり
苦労して雪の栃木峠を越えて、
天然痘のワクチンとなる牛痘を
越前まで持ってきたことを
お話しました。
最終目的地、グリフィス記念館へ

ほっ 無事終了しました。
このガイドを引き受けたことで、大変勉強になり、
今後の活動に繋げていきたいと思いました
By K.Kobayashi

(↑ 今回のコースです)
ガイドを担当されたmatushitaさん
kobayashiさん
たいへんありがとうございました。
お二人は資料を調べ、
また、見せて説明できる
資料を作り
何度も下見をし、
今回に臨みました。
後で、伺いましたが、下見に何度か
つきあってくださった先輩語り部、
同期の語り部も
協力し、今回の研修会が開催されました。
一丸となって研修会に臨む
語り部です。
語り部を申し込む方々には
期待をもって語り部に
ご依頼していただきたいです。
byふく


