人気ブログランキング | 話題のタグを見る

みのり地区を歩く

10月の終わりにみのり地区の

まち歩き研修が行われました。

出発は、福井商工会議所前の

城下南のまちが書かれている

案内板の前です。

みのり地区を歩く_d0314924_11171686.jpg

途中、豪商の話なども交えて、

木田神社に向かいます。

そこで、新たに聞いたお話ですが、

柴田勝家が賤ケ岳に向かう前に、

その、豪商に軍資金を借りたとか 

柴田勝家は、羽柴秀吉(豊臣)に敗れて自刃したから、

踏み倒されましたね。なんて想像をしてみました。

  

木田神社に着きました。


みのり地区を歩く_d0314924_11181580.jpg

案内のIさんによれば、地元の方は、

天王さんと呼び、お祭りの時は

大変賑わっていたとか 天王さんとは、

牛頭(ごず)天王(てんのう)を指し、疫病退散の神のようですね。

(京都の八坂神社も同じ神様です。

京都の祇園祭は疫病退散の御祭りです。)


みのり地区を歩く_d0314924_13274808.jpg

横には、晴明神社

言い伝えによると安倍晴明がこの地によったことで、

お祀りしているようですが、

地区では、火除けの神様として、

信仰されているそうです。

福井空襲の時もこの地区だけは、

火災に遭わなかったとか、

また、お祭り時には、雨の日が多いそうです。


次は、木田荒町一里塚跡と世直神社へ向かいます。

世直神社は福井藩の幕末の町奉行鈴木(すずき)主税(ちから)を祀っています。

木田荒町の町民にのみ課せられていた悪税「あおだ」を

撤廃したことから、

町民から「世直大明神」として崇拝され、

生前に生き神として祀られということです。


みのり地区を歩く_d0314924_13321784.jpg

一里塚は、江戸時代に全国的に整備され、

江戸の日本橋から一里(約4K)ごとに設けられて、

榎などが、植えられ旅人の休憩の場としても

利用されていました。


みのり地区を歩く_d0314924_13263801.jpg

真宗山門徒派 専照寺

福井県には、浄土真宗10派のうち、4派の本山があり、

福井市にあるのは、この専照寺です。

専照寺の山門の前の道路は、以前は川でした。

みのり地区を歩く_d0314924_13281550.jpg

質問がありました、「寺紋が「かりがね」ですね。

柴田勝家の紋も雁金ですが、

関係は、あるのですか?

多分お寺の開基の由来の伝説から、

雁金はきていると思われますとの参加者の回答です。


次は、今坂に向かいます。

その前に福井鉄道の赤十字前駅について


 この駅名は、平成22年までは、福井新駅でした。

駅は大正14年に福井市駅として開業されました。

昭和25年の震災復興時に、線路が拡張され、

足羽川を渡ることになり、ひげ線も出き、

福井中心部の駅が福井駅になったので、

駅名を改名され、福井新となりましたが、

平成になって、赤十字前と駅名が変わりました。

私、若かりし頃どうして、

福井新という名前なのか、

疑問に思いましたが、

あ~そういうことだったのねと納得しました。

今は、おしゃれな住宅地となっている大和紡績の工場ですが、

専用の線路があったのようです。。

(貨物用だったのかしら?従業員やお客様用?


こうやってまち歩きをしていると、

いろいろ想像しますよね。


大和紡績といえば、

プロゴルファーの岡本綾子氏が働いていたとか、

ゴルファーになる前は、ソフトボールの選手でしたね。

 岡本綾子氏が、わかるのも、

どの年代までなんでしょうね?

と思ってしまう私。


まち歩きは続きます。

福井市月見1丁目の県道229号線

(フェニックス通りまたは、旧8)より

東側 福鉄の駅赤十字駅より南側には、

小さい今坂と呼ばれる山がありました。

その場所は今は削られて平地になっていましたが、

現状は少し、高くなっており、歩くと痕跡だとわかります。

みのり地区を歩く_d0314924_13284755.jpg

この円状の形は、先ほどの大和紡績に続く線路の跡でもあるようです。


このような場所、地元の人が知っている道、

聞かなければ、

わからない道ですね。

これだから、まち歩きは、テレビ番組のようで面白い。

この後、福井城下の南の端 赤坂の位置や、

たばこ町の謂れなどを

聴き、宝蔵寺に向かいました。


宝蔵寺には、寝釈迦様がおられます。

涅槃像はよく聞きますが、

ここは寝釈迦様で、

35歳の悟りを開いた後のお姿で、

全国においても、寝釈迦様は一体だけだそうです。

(涅槃像ではありません)


みのり地区を歩く_d0314924_14332071.jpg

元は、赤坂の興樂寺の本尊でしたが、

今は宝蔵寺さんに安置されています。

宝蔵寺は、禅宗の黄檗宗のお寺です。

福井・石川・富山の中で、黄檗宗のお寺は

宝蔵寺さんだけになります。

黄檗宗の開祖はインゲンマメを

日本に紹介した隠元禅師で、

他に、西瓜、孟宗竹、木魚も、隠元禅師の請来によるものです。

(黄檗宗 本山万福寺のHPより)

この後、一行は、商工会議所に戻りますが、

横に赤十字病院があります。

赤十字病院が建つ前は、沼だったとか、

沼を埋める土はどこから、運んだのだろう。

八幡山を削って?今坂の山の土?

参加者でワイワイガヤガヤ 

賑やかなこと、賑やかなこと

そして、堤道の痕跡を辿ります。 


堤道は江戸時代の地図にも残っています。

字のとおり、堤防の役割を持つ道でした。

低い西側の土地を護った道ですね。


お天気に恵まれて、あっという間の2時間でした。


福井城下南の町は、いろいろ歴史があって

面白いですよね。



by fukuinokataribe | 2025-11-18 15:32 | 活動の様子 | Comments(0)

福井の歴史をお伝えします。語り部は 新規会員募集中          問合せは         TEL・FAX:0776-35-0855   


by fukuinokataribe