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小谷城址で朝倉氏を想う

小谷城址に行ってきました。

朝倉氏や柴田勝家など、福井にもかかわりのあるこの城址

まだ、行ったことが無いというのは、どうかと思いましてね


小谷城ですが、麓には戦国ガイドステーションがあり

パネル展示や案内地図が設置してあります。

通常は小谷城址に向かうにはバスで向かうことになります。

(土、日、祝日)

しかし、12月からはバスは運行していなようなので

車で上がれますが、道も狭く駐車台数は、限られています。

戦国ステーションはガイドの方がいらっしゃるようですが

ここも12月からはお休みと説明をいただきました。)

近くには、小谷城戦国資料館もございます。
もし、行かれる方は事前に調べてから登城してくださいね。

(私は、登山するつもりで向かいましたが、ガイドの方が
車で行けるからと教えてくださったので、車で向かいました。)




この日は、雨こそ降りませんでしたが、どんよりとしたお天気

運転中は、伊吹山も見られたのに、城址についた頃はどんより

そして、誰もいらっしゃいません。ガーン 😨 帰ろうかな

人気の山城なのに、おかしいですね

しか~し、遠路はるばるやってきたのだから

蟻の心臓を振るいたたせ、いざ 出陣

山城攻略だぁ!!

(誰ですか! へっ 誰が?と言っているのは)



登り口には、大きな看板があります。

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小谷城は戦国武将 浅井長政の居城です。

多分ご存じない方はいらっしゃらないと思いますので

この説明は割愛させていただきますね。


お城の知識もありませんので

この後は写真で紹介させていただきます。

箇所箇所には案内板と説明版があります。

そして、広大な敷地です。

こんな山の上によくぞまぁと

思いました。

最初の案内板です。

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監修は、福井でもお馴染みの

中井均先生です。


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この御茶屋敷跡は、とても広い広大な敷地でした。
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浅井長政が自刃した地

無念でしょうね

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桜馬場 

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黒鉄門
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大石垣の

石垣の中はどうなっているのかな

覗いてみましょう


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細かい石が見られますね
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とにかく広い小谷城址でした。

朝倉の山城をイメージしていた私はビックリしましたよ。

帰るころには、登山のグループや勉強会で参加されているような方などで

30名~40名の方はいらっしゃっていたようです。

(もう少し早く来てよね 心細かったのだから・・・ by私の心の声)




次は小谷城址での朝倉とのかかわりのある場所を紹介しますね。

見晴らしのよい場所の案内板です

 姉川の戦いのことが書かれています。

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残念なことに伊吹山見えないですね。

大依山は手前の低い山でしょうか



金吾丸跡です。

ここに寄らなきゃいけませんよね

朝倉教景(宗滴)

朝倉教景は朝倉氏の家臣で

朝倉貞景・孝景・義景を一族の参謀格として

よく補佐し、各地を転戦して武名を轟かせたといわれています。

有名な茶入 つくもがみを所有していたとも

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小谷城の前方にあります。(場所は地図で確認してくださいね)
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金吾丸からの眺めです。
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大嶽砦(おおづく 山頂です)

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元亀3(1572)援軍に駆けつけた朝倉氏が布陣した場所です。

天正元年(1572)八月に織田軍によって攻め落とされ、

形成を不利とみた朝倉義景は一乗谷を目指して退却を始めました。

織田信長は小谷城は嫡男信忠に任せ、

朝倉を追い一乗谷を焼き尽くし

朝倉氏を滅亡とおいやります。




虎御前山

小谷城址まで来たのだからついでに、虎御前山も登城

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小谷城を攻めるのに最前線として虎御前城を築いたとされ、

柴田勝家や羽柴秀吉などが、陣をかまえています。


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信長は、3回にわたって砦を築かせていますが、

砦は小谷城落城の後、すぐに壊されています。


遺構などは私には確認ができませんでした。

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滋賀にとてもかかわっていた戦国武将たち

賤ケ岳の戦いの陣を構えるにしても

よく地形や地理がわかっていたことが

想像できますよね。


私の「ぽあ~ん」とした霞がかかった知識が現地に赴くことによって

少し組み立てられた気がしました。

その地に訪れることって本当に大事ですよね。

皆さんも一乗谷朝倉氏遺跡にしても、北ノ庄城址や福井城址

何度でも、訪れてみてくださいね。


byふく


by fukuinokataribe | 2021-12-12 08:00 | 歴史あれこれ | Comments(0)

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