小谷城址で朝倉氏を想う
2021年 12月 12日
小谷城址に行ってきました。
朝倉氏や柴田勝家など、福井にもかかわりのあるこの城址
まだ、行ったことが無いというのは、どうかと思いましてね
小谷城ですが、麓には戦国ガイドステーションがあり
パネル展示や案内地図が設置してあります。
通常は小谷城址に向かうにはバスで向かうことになります。
(土、日、祝日)
しかし、12月からはバスは運行していなようなので
車で上がれますが、道も狭く駐車台数は、限られています。
戦国ステーションはガイドの方がいらっしゃるようですが
ここも12月からはお休みと説明をいただきました。)
この日は、雨こそ降りませんでしたが、どんよりとしたお天気
運転中は、伊吹山も見られたのに、城址についた頃はどんより
そして、誰もいらっしゃいません。ガーン 😨 帰ろうかな
人気の山城なのに、おかしいですね
しか~し、遠路はるばるやってきたのだから
蟻の心臓を振るいたたせ、いざ 出陣
山城攻略だぁ!!
(誰ですか! へっ 誰が?と言っているのは)
登り口には、大きな看板があります。

小谷城は戦国武将 浅井長政の居城です。
多分ご存じない方はいらっしゃらないと思いますので
この説明は割愛させていただきますね。
お城の知識もありませんので
この後は写真で紹介させていただきます。
箇所箇所には案内板と説明版があります。
そして、広大な敷地です。
こんな山の上によくぞまぁと
思いました。
最初の案内板です。


監修は、福井でもお馴染みの
中井均先生です。



浅井長政が自刃した地
無念でしょうね

桜馬場








大石垣の
石垣の中はどうなっているのかな
覗いてみましょう




とにかく広い小谷城址でした。
朝倉の山城をイメージしていた私はビックリしましたよ。
帰るころには、登山のグループや勉強会で参加されているような方などで
30名~40名の方はいらっしゃっていたようです。
(もう少し早く来てよね 心細かったのだから・・・ by私の心の声)
次は小谷城址での朝倉とのかかわりのある場所を紹介しますね。
見晴らしのよい場所の案内板です
姉川の戦いのことが書かれています。


残念なことに伊吹山見えないですね。
大依山は手前の低い山でしょうか
金吾丸跡です。
ここに寄らなきゃいけませんよね
朝倉教景(宗滴)
朝倉教景は朝倉氏の家臣で
朝倉貞景・孝景・義景を一族の参謀格として
よく補佐し、各地を転戦して武名を轟かせたといわれています。
有名な茶入 つくもがみを所有していたとも



大嶽砦(おおづく 山頂です)

元亀3年(1572年)援軍に駆けつけた朝倉氏が布陣した場所です。
天正元年(1572年)八月に織田軍によって攻め落とされ、
形成を不利とみた朝倉義景は一乗谷を目指して退却を始めました。
織田信長は小谷城は嫡男信忠に任せ、
朝倉を追い一乗谷を焼き尽くし
朝倉氏を滅亡とおいやります。
虎御前山
小谷城址まで来たのだからついでに、虎御前山も登城


小谷城を攻めるのに最前線として虎御前城を築いたとされ、
柴田勝家や羽柴秀吉などが、陣をかまえています。

信長は、3回にわたって砦を築かせていますが、
砦は小谷城落城の後、すぐに壊されています。
遺構などは私には確認ができませんでした。

滋賀にとてもかかわっていた戦国武将たち
賤ケ岳の戦いの陣を構えるにしても
よく地形や地理がわかっていたことが
想像できますよね。
私の「ぽあ~ん」とした霞がかかった知識が現地に赴くことによって
少し組み立てられた気がしました。
その地に訪れることって本当に大事ですよね。
皆さんも一乗谷朝倉氏遺跡にしても、北ノ庄城址や福井城址
何度でも、訪れてみてくださいね。
byふく



