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波多野城山

波多野城山に登られた

髙村さんから写真が届きましたので

勝手に投稿しています。💦

だって、折角の情報を載せない手は

ありませんよね。


今年も後、数日ですね!

 126日に永平寺町の波多野城山に行ってきました。

波多野城山_d0314924_10123399.jpg

60人位で登った落葉登山イベントだったですが、

波多野城山_d0314924_10145131.jpg

風も無い好天に恵まれて

朝日に輝いた九頭龍川に浮かぶ白いふんわりとした雲が

印象的だったですよ!

波多野城山_d0314924_10152515.jpg

永平寺を開いた道元さんを

連れて来た波多野義重さんの山城だそうです。


それではまたね!良いお年を!




この後は、波多野氏と山城についての説明です。

時間に余裕のある方はお読みください。(^^


曹洞宗の開祖 道元が

志比荘に入居することになった最大の理由は、

波多野義重の所領が同所に存在したことによるそうです。


波多野氏は平安末期以降、秦野盆地

(神奈川県秦野市)から足柄平野へと進出しました。

全国に拡散したのは、後鳥羽上皇が

北条義時追討の承久の乱(1221)が

契機になっていて、

関東の御家人が乱の恩賞地を得て

この時期に志比荘に移ったようです。



次は山城についてです。

波多野城は、

永平寺谷と勝山街道のほぼ中心に位置し、

眺望の極めて良好な場所にあります。


山頂からは九頭竜川を隔てて

そびえる鷲ケ岳城が望まれ、

街道見張所としては最適の場所です。

  城郭の所在する山頂への道は険しく、

特に最高所は極端に切り立っており、

主郭を中心に北側郭と西側郭の三郭で構成されています。

見事な竪堀群が形成されており、

竪堀を主にした防御の城といえます。

これは朝倉氏の山城構成にみられる遺構で、

戌山城や文殊山城や一乗谷城などにも共通しています


波多野城山_d0314924_14172872.jpg

遺構から戦国末期に完成された山城と推定できますが、

これほどの防備を必要としたのは

元亀元年の織田信長越前侵攻など、

朝倉氏の危急存亡にかかわる

拠点の城だったからでしょう



ともに、福井県通史をはしょって

引用しています。

詳しく知りたい方は、福井県通史をご覧くださいね。

また、現地に行ってもよしですね。

次回は、会長から年末のご挨拶です。





Commented by 城歩きマン at 2020-12-31 08:17
今日は。
久しぶりにコメントします。
波多野城に登ったそうですね。この時期の波多野城は葉っぱも落ちて、見通しが良く、すっきりと遺構が見えたことでしょう。お疲れ様でした。
60名の団体だそうですが、会員の方々の感想なども載せていただければ、なお楽しいでしょうね。
波多野城はこれからも整備を進めて、多くの方に喜んでもらえる山城になるといいですね。
Commented by fukuinokataribe at 2021-01-05 09:16
> 城歩きマンさん
明けましておめでとうございます。
このブログにおいでいただきありがとうございます。
そして、コメントまでいただき
感激しております。

私は、残念ながらまだ、波多野城址には、訪れたことが無く、
登った本人へ なにか コメントをと依頼しましたら、
城歩きマンさんへのコメントは恐れ多くて返せないと
無粋なことを申しておりました。
しかし、T氏は、城歩きマンさんのブログを拝見し勉強中です。
「語り部」の有志を連れて案内してくれるでしょう。
その時は、レポートさせていただきます。

ご返事が遅くなり申し訳ございませんでした。
今後とも よろしく お願いたします。
by fukuinokataribe | 2020-12-28 10:55 | ふくいの山城 | Comments(2)

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