今回は「波着寺」についての紹介です。2020.5.30訪問
波着寺は養老年間(717~723)に泰澄大師によって創建されたという
伝承があります。
現在は、観音寺堂跡や本堂跡と思われる場所があり、跡地には礎石など
の遺構を確認することが出来ます。
波着寺跡は福井市成願寺町の山間の中腹にあります。
福井から国道158号線を東に進み、山間に入る手前、左手の山(成願寺山)
の中腹にあります。
車で行きましたので「成願寺ふれあい会館」に駐車させて頂きました。

ふれあい会館前には「波着寺縁起」が案内されています。
「なみつきでら」とフリガナがある。
「波着寺が開かれた頃は、小浪山(現在の新保宮山)の麓にあった。
洪水の折には川波が寺の堂下まで打ち寄せた」ということであった。
後で酒生公民館で聞いたら、現在は「ハチャクジ」と呼んでいる。

ふれあい会館から、50mほど行くと「にょう(仁王)道」に入る。
約300mで波着寺の鳥居に到着。「波著寺(ハジャクジ)」
と書いてある。ボックスは記帳所ですね。

案内板を頼りに本堂跡に向かいます。
ジグザグ道を登りますが、そこに大きな竪堀を確認できる。
この竪堀はどのように使われたのだろうか?
波着寺がここに来てからは城郭の一部となっていたのだろう。
道は切通になっている。

案内板は、約50~60m毎に設置してある。安心する。
五番坂を過ぎた辺り(案内板がない)で、茄子畑の跡の案内板がある。谷底へむかって約40mぐらいあるかな。危ないので止めました。
クモの巣や道に生えているタケノコをかわしながら「観音堂跡」に到着。ふれあい会館から約20分ですね。
左(西側)に行くと「御清水跡」の案内が出ていた。寺や城郭にとって重要な水の手となる場所である。
さて、本堂跡に向かうが、案内板が・・・。大体の見当をつけて。
なんとか、たどり着きました。波着寺本堂跡です。
観音堂跡から約5分です。スマホの高度計は145mを指しています。
跡地には高低差があり、石列なども確認できます。
ここの東側の道を進むと成願寺城跡に行くことが出来ます。(次回)

波着寺ですが、鎌倉時代になると日本達磨宗の拠点となります。
「永平寺開山の道元禅師が越前に来た時、最初に身を寄せた」
また、永平寺2世・3世・4世は日本達磨宗出身であることなどから
波着寺が初期曹洞宗に与えた影響は大きいものと考えます。
一向一揆で焼失した後は北庄愛宕坂に移転、幕末に廃寺とのことです。
タツナミソウとノアザミ、道に生えてるタケノコと竹
折角の機会ですので酒生公民館へ。主事さんからは「最近は登山道
の整備がされていない。また、一人で成願寺城跡へは危険です。」
酒生地区の歴史についていろいろと教えて頂きました。
この地区は北陸最大の古墳群があることで知られていますね。
「いにしえロマンの里」という紹介がありました。


今日は、古墳ではなくて北陸最古とも云われる「篠尾廃寺塔跡」へ。
住所は福井市篠尾町字塔垣内(目の前が成願寺山)
発掘調査から、7世紀終わり頃の建立。
心礎の大きさ(写真)から高さ30mを超える五重塔が建てられていた
と考えられるそうです。

モンシロチョウが草花をあいだを飛び回っていました。
by グランパ
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