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ふるさと大学 講演会 『ふるさと「鷹巣」の昔話し』のこと

 過日(11月28日) 鷹巣公民館において「鷹巣地区壮年会」の企画による、  <ふるさと大学>が開催されました。d0314924_2024831.jpg
 
 鷹巣公民館・鷹巣地区婦人会 共催によるこの度の〝テ-マ〟は、ここ「ふるさと鷹巣」の歴史を当地区に住む人々みんなが知り、子供たちに伝えながら広く大切に、後世に引き継いで行きたいとのことでした。 当日は、夜になってからにも関わらず多くのみなさんが参集され『ふるさと「鷹巣」の昔ばなし』に、熱心に聞き入っておられました。

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 ここ鷹巣地区は丹生山地の北端側に位置し、日本海に面した高須山(鷹巣)のふもと一帯の地域に広がっている。国の指定古墳になっている「免鳥長山古墳」は古代の大陸(朝鮮半島)交流史を感じさせる。d0314924_2195472.jpg 

 南北朝の終末期、南朝方「新田義貞」を支えてきた側近の勇将「畑 時能」は高須山城に300騎で立て籠もり、北朝方「斯波高経」(朝倉・甲斐等従軍)勢力7千余名を迎え、20数騎で陽道戦を敷くも、鷲ヶ嶽にて戦死する(太平記)。  《畑時能の碑》

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   この時代(戦国時代)、糸崎地域を含む周辺一帯は「棗郷」と言われていた。「黒丸城」を拠点とした「朝倉氏」は棗一帯、川西一帯を中心拠点としていた。越前一帯(敦賀含む)を支配すると拠点の中心を<一乗谷>に移すこととなる(1471年)。同じ年、本願寺第8世「蓮如」は、京畿の乱を避けて越前一乗谷の朝倉氏を訪れる。朝倉孝景は蓮如へ深く帰依し、大なる支援を施す(吉崎御坊の建設など)。また、棗郷・川尻に寺を構える「性光坊」(朝倉一族)は、吉崎時代の蓮如に同行し、川西一帯の布教活動に力を注いだと云われている(朝倉始末記)。   <川西・鷹巣地区には真宗(浄土真宗)寺が数多い>    しかし・・・・
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   「亀島」を左下に見おろす処、鷹巣地区蓑町に所在する『大行寺』。
福井藩・幕末の偉人『橋本左内』、医者として大成(軍医総監・初代日赤院長他)を果たした『橋本綱常』のご母堂「梅尾刀自」は、ここ大行寺の長女として生まれた。
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               BY / 「語り部」 Ⅰ ・ YAMASHITA
by fukuinokataribe | 2015-12-07 23:57 | 活動の様子 | Comments(0)